傍から見て常軌を逸していただろうなとおもうエピソードは?
と聞かれたら母親の葬式で大笑いして冗談を言っていたことだ。
先に書くと私は母が大好きだった。
母以上に好きな他人は今も現れていない。
ただ私は非常に人目を気にする性質で、泣いているのを見られるのが本当に嫌だった。
母の葬式に駆けつけてくれた友人たちは馬鹿話をして私を笑わせようとしてくれた。
わたしはそれにのっかった。
お葬式の日、私はほとんど泣くことが出来なかった。
私は家でも泣けなかった。
親兄弟に泣いている姿を見せるのが嫌だった。
学校から家に帰るまでの間と夜の散歩の時だけ泣いた。
人と話すときは笑顔で一人でいる時は泣いていたから
心のバランスが崩れてしまった。
ずっと布団にとじこもって本を読んでいた。
スマホでタイムスリップの記事をたくさん読んでは
明晰夢をためしていた。
私も死ぬのがいいんだろうなと漠然と思いながらも
布団からでてベランダにいくことができなかった。
夜に散歩する時間だけが落ち着ける時間だった。
でも、きっと私の周りの人はだれ一人として私が辛かったことを知らないのだろう。
一人の時もできるだけ泣かないようにした。
泣くとその人を忘れられると聞いたからだ。
母に対する懺悔や後悔の気持ちを大切にした。
負の感情の方が残ると思ったからだ。
夜な夜な発作のように涙がでたり目が覚めたりする日が7年続いた。
しかし、7年が過ぎたある日、急に涙がでなくなった。
もちろん人に母の話をすると涙がでそうになるけど
でも発作的に涙がでてくることがなくなった。
代わりに母の可愛かったことや、一緒にいて幸せだったことを思い出す日ができた。
これは良い変化なのだろうか。
母のことを考える時間は前よりも確実に減ってしまった。
強い衝動で心がざわつくこともなくなった。
こうして人は大切な人を思い出にしてしまうのだろう。
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